2009年04月07日

EOEIC 有名人の英語ライフ!PART 1

■ヴァイオリンとともに生まれ育った
音楽家の両親や祖父の下に生まれましたので、いつも自然に音楽のあふれている環境に囲まれていました。

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生まれたばかりの私に会いに来た祖父は、まず枕元に一番小さいサイズのヴァイオリンを置いたそうです。そして顔を見るよりも先に、手を見て言った一言が「よかった、安心した」(笑)。長さがそろっていてバランスの取れた指というのがヴァイオリニストには理想的なのです。

祖父はヴァイオリン指導者として、国内外で活躍されているたくさんのヴァイオリニストを指導してきました。その最後の取り組みとして、まったく初心の幼児に、ヴァイオリンを勉強させるのではなく、おもちゃで遊ぶ感覚の延長で触れさせたらどんな風に育つのかということに関心を持っていて、私がよい実験台だったのです(笑)

そんな具合に育ったので、小さい頃の私は誰でもヴァイオリンを弾くのが当然だと思っていました。幼稚園に入って初めてヴァイオリンを弾かない人がいるのだと気付いたぐらいです(笑)。今暮らしているイタリアの方々にこのような話をすると、よく「ヴァイオリンとともに生まれてきたのね」なんて言われます。

■ニューヨークへの憧れ
1987~88年にかけて、アメリカと当時のソ連から若くて優れたヴァイオリニストたちが彗星のごとく現れ話題となっていました。幸運にも、私は来日公演で彼らの演奏を間近に聞くことができ、そのエネルギーというか、キラキラ輝くオーラのようなものを感じて、子供ながらにすごく感激し、刺激を受けたのです。

「私もあんなふうになりたい! アメリカで彼らが勉強した先生の下で私も勉強したい!」と熱望するようになりました。心が震えるような体験をして、ニューヨーク(以下NY)に行きたいと思い始めたら、もうどうしようもなくなってしまったのです。言い出したら聞かない性格ですから、毎日のように「NYに行く、行く」と言っていました(笑)。

当初、父は義務教育が終わるまでと反対していました。しかし、スポーツ選手もそうだと思いますが、この年頃は非常に吸収力が早く、1年というのはすごく貴重なものです。一日でも無駄にしないように、また後で後悔しないようにと、母が父を説得してくれたのです。

■NYへ、そして焦燥
こうしてNY留学が実現し、ジュリアード音楽院のプレカレッジという、音楽を学ぶ子供たちのための学校に入学しました。また音楽以外の教育を受けるために、プロフェッショナル・チルドレンズ・スクールという中学校にも通い始めました。ここは芸術やスポーツなどの分野で才能のある子供たちが集まっている学校で、あの『ホーム・アローン』で主演したマコレー・カルキンが在学していたところです。

こんな環境なので、年が若くても周りには活躍している方がいっぱいいましたから、私も子供ながらに焦りがあって、早くデビューしたいなんて思っていました。まだ若かったことも手伝って、「私はヴァイオリンを勉強するためにアメリカに来たのだから、それに専念してほかの勉強に時間を費やすつもりはありません」なんて先生に言ったりしたほどです(笑)。

でも、先生から「今のうちにしっかり英語を身に付けておくことが、今後あなたがヴァイオリニストとしてやっていく上でも非常に貴重なものになるはずだから、きちんと身に付けて、歴史や数学なども勉強しなさい。あとできっと分かるはずです」と説得され、最終的には納得しました。

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■自分で解釈し、自分の意見を持つ
それからは本当に英語を勉強しましたね。なにしろ数学や化学の授業も、当然ですがみんな英語ですから、できないと話にならないのです。日常的な会話だけでなく、語学を勉強するという姿勢も自然と叩き込まれましたので、文法などもきっちりと学ぶことができ、後にはシェークスピアの作品を英語で読む機会にも触れました。

先生は厳しかったですけれど、勉強の楽しさをすごく教えてもらいました。アメリカの教育はただ知識を詰め込んで、○×方式で教えていくのではなく、どんな教科でもエッセイを書くことを求めます。自分の意見を書かないとパスできませんので、課題について探究して自分なりに解釈できていないといけません。

アメリカでの授業は受身ではなく、ある程度先生が教えたら、その後は自分で解釈して自分なりの意見を持つことが尊重されるということです。今思い返しても、アメリカの学生時代は、本当にヴァイオリンの練習とエッセイばかりでしたね。

■学生時代はドラマチック
学校の授業だけでなく、受験というハードルもありました。ジュリアード学院の受験では、ヴァイオリンがどんなにうまくても、英語力が足りないために合格できないという方を目の当たりにしてきました。ですから、英語力のせいで落ちたらたまらないと思って必死に勉強しました。音楽だけでなく、常に英語という試練がワンセットになっていたのです。

さすがに思春期ですから、もっとヴァイオリンに時間を費やしたいとか、いろいろ葛藤がありました。ここで励みになったのがアメリカ人の生きることに対する考え方です。彼らには、自分で決めて始めたことは、エンジョイしながら最後までやり通すという美学があるのです。確かに難しい試練がたくさんありましたが、自分で決心した道ですから、なんとか乗り越えていきました。

こんな風に、学生時代は本当にドラマチックでした。

■NYは常にコンペティション
学校の勉強や受験でも英語は必要でしたが、生きていく上で当然英語は不可欠なものでした。NYはいろいろな国の人が集まっていて、常にコンペティションです。特にジュリアードには音楽家として世界一になりたいという人たちが各国から集まっていました。

時には理解しがたい態度や行動を取る人にも出会います。でもなんとか英語でコミュニケーションを取ってみると、「ああ、彼らの国や文化背景はこうだから、こんな行動に出るんだな」ということが理解できて、それからはあまり気にせずに付き合っていけるようになれました。

それに、外国ではどこでもそうだと思いますが、特にNYのような大都市では、自分をアピールしなければ誰もわかってくれないものです。そのために英語は欠かせないものでした。生きていくために、英語はそれこそ必死で身に付けなければならないものだったのです。

2009年04月06日

EOEIC 有名人の英語ライフ!PART 2

■テレビが先生
英語を身につける上では、目的を持つことがとても大切です。授業で使う、友達を作るなど英語を使う目的ができると自分から勉強するようになります。また、何かを分かりたいという動機を持つことも非常に重要ですし、興味のあることをとことん追求していく姿勢も大事だと思います。

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私が学生の当時はMTVの黄金時代で、マイケル・ジャクソンやホイットニー・ヒューストンなどのポップスターのビデオクリップをテレビでよく見ていました。彼らがどんなことを歌っているのかを理解したいと思って聞くことが、リスニングのトレーニングではとても効果的だったのです。まずは耳から音を覚えて、それから辞書でその言葉を探し意味をとるということを繰り返して、表現を増やしていましたね。

イタリアで暮らす現在、イタリア語をさらにしっかりと身に付けるために日々勉強していますが、one of my teachersはやはりテレビです。CDで音声だけを聞いたのでは、その表現がどんな行為や場面につながっているのか分かりにくいものです。でもテレビで映画や劇を見ていると、日常的な行動と表現が同時に理解できます。表現を覚えたり、文法を勉強したりしている中で、それをどう使っていいのか分からないときには、テレビで映画や劇などを見るのがおすすめです。

私は今でも家に帰るとよくテレビの前に座っています。イタリアに来た頃は、ドラマやバラエティなど分かりやすいものを見て、だんだんとニュースなど難しいものに移っていきました。全然聞き取れなかった内容が、1年ぐらい経ってぱっと聞き取れたときにはすごく嬉しくて感激してしまいます。

こうして学んでいると、日ごと、年ごとに進歩していることを感じることができて、それがまた励みになるのです。やはり進歩を感じられないとなかなか続けられないものです。どれだけ進歩したのかを確認するというのは本当に大切なことですね。

■言葉の文化的背景を理解
子供の頃からNYで生活できてすごく良かったと思うのは、文化的背景とともに英語を学べたということです。言葉というのはすごくメンタリティと結びついたもので、言い回しひとつとってもその国の人々の生活や景色・気候などと密接にかかわっています。それらを理解しているかいないかで、実際に口に出す自然さが違うと思うのです。

例えば、“It's cloudy.” という日常的で簡単な表現でも、その空の感じをわかっていれば、会話の中で自然にすんなりと出てくるものです。単語ひとつが生まれるにはその母体となるものや状態があるはずですから、それがどんなものなのかを理解しておくことがとても役立ちます。このような文化的背景を併せて理解できていると、英語表現もすんなりと出てきて、会話がスムーズになると思います。NYで人々が“It's so cloudy!”と話しているのを見ていると言葉の響きと空模様がとてもマッチして感じられました。

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■言語と音楽
音楽を演奏することは、ただメロディを弾くということではありません。ジュリアード時代には、レッスンのたびに先生から「この作品についてあなたはどう解釈する?」とまず聞かれ、作曲家の背景まで調べて理解する姿勢を叩き込まれました。作曲家のパーソナリティ、その歴史や哲学など森羅万象が作品につながっていて、それらすべてを理解できて初めて演奏も完成されるのです。

こうした要素のひとつとして、作曲家の話した言語も作品を理解する上では重要です。私は、英語、イタリア語という二つの違うタイプの言語を身に付けたことで、曲のメロディやフレーズの中に言語の影響を聞き取ることができるようになりました。

例えば、旋律の中にイタリア語の母音子音のアクセントや母音子音のつながりによる音の流れ方を感じるなど、イタリア語を学んだことによって解釈できるようになったことがたくさんあります。同様に、文法と曲の構成も密接に関係していますから、同じ曲でもイタリア語を学ぶ前と後では全然把握の仕方が違うのです。

モーツァルトやベートーベンはドイツ語圏の方ですが、ベートーベンはドイツ、モーツァルトはオーストリアの人です。同じドイツ語でもやはり国が違うと表現にも違いが出るんだということを最近気付くようになってきました。

これは日本語でも同様です。音楽には演奏する人の普段の話し方が非常に影響すると思います。日本語の中でもひとりひとり話し方が違いますので、同じ曲でも人によって演奏の仕方が違ってくるものです。こういったことを理解できると音楽により深みが出てくると思います。

また言語の影響は音楽にとどまりません。表面的な見方かもしれませんが、英語を話すアングロサクソン系の人たちとイタリア語などを話すラテン系の人たちのメンタリティの違いは、その言語の文法の違いにすごく表れているなと思います。英語やドイツ語を話す方はすごく主観的かつ彼らの個人的な意見や想像をも含めたものの見方をしますが、イタリア語やフランス語を話す人は客観的にものを見ることに優れているような気がします。それは音楽もそうですが、絵画や政治・思想などにも影響しているように思います。

■英語が話せる素晴らしさ
英語を身に付けることで、いろんな形で充実感を得られると思います。英語が話せれば、世界中の方と会話ができます。いろいろな方と気持ちの通じるコミュニケーションができるということはすばらしいことだと思います。さらには、他の国の文化を理解でき、話す内容にも深みが増します。

ビジネスであれば、国も言語も違う人たち同士が英語によってお互いのニーズを理解しあい、より優れた商品やサービスを産み出していける。ビジネスを成功させるための要素のひとつとして、英語は欠かせないものだと思います。

また、英語を上達させる上で、自分の母国語にも目を向けられます。母国語がきちんとしていないと英語もうまく使えないものです。英語を身に付けていく過程で必ずそのことに気付くと思います。そうしますと、日本語もあらためて磨くようになる。まさしく一石二鳥ですね。

そして最後に、英語を身に付けることで何よりも大きいのは、自分の夢に向かっていきやすくなるということです。

■演奏旅行は続く
中学2年生で留学を決めて、その時から抱えていた夢は、世界中を演奏して回りたいということでした。もちろん、過去にもさまざまな場所で演奏してきたのですが、その夢が今本格的に軌道に乗ってきたところです。これから、それをもっともっと発展させていきたいと思います。

演奏旅行をすると、訪れた国の人々と出会い、文化に直に触れ、非常に貴重な時間を過ごすことができます。ただ演奏をするだけでなく、ひとつひとつの演奏旅行にはとても意義があり、内面的にもすごく充実することができます。

このような演奏旅行を続けながら、今まで以上にさまざまなオーケストラと競演をしたり、新しいCDを発表したりと、活動を広げていきたいと思います。また、いつの日か私自身で企画した音楽祭を開催してみたいですね。

2008年06月11日

音楽日記6月11日

Maggiore湖 にあるVERBANIAという街で行われたIL CHIOSTRO TEATRO 音楽祭2008にてリサイタルを行いました。
MOZART, BEETHOVEN, PARTO, RAVELのプログラムを演奏しました。

演奏にあたって音響を良くするためバックにオペラ座模様の屏風を飾ってくださったり何よりも音楽好きの芸術文化レヴェルの高いお客様で埋められたホールで演奏でき嬉しかったです。

又、スカラ座室内アンサンブルを始めS・Accardoとの共演で知られるBruno Canino氏も今シリーズで演奏されたということで、同じポスターに名を載せていただく事が出来、光栄でした。

演奏前湖水地方独特の街を散歩したり素敵なたたずまいのDuomoを前から眺めたり、いい思い出にもなりました。

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2008年04月26日

音楽日記

皆様

ミラノ・ヴェルディ音楽院で行われORCHESTRA ACCADEMIA DELLE OPEREの定期演奏会に出演しました。

通常のコンサート・ホールとは又違った音楽院のホールで行われるコンサートという事もあり 格別な想いがしました。夕暮れに映る音楽院のたたずまいがとても好きでここでイタリアを代表するマエストロ達が研鑚を積まれ、又教鞭をとられた方、彼らの知人達が演奏会を楽しみ聴きにいらっしゃる場所なのだと思いながら私もコンサートを聴きにきたりした場所でそこで演奏できる事になりお話を頂いたときはとても嬉しかったです。実際ピアニストのBRENDEL、ALDO・CICCOLINI、UTO UGHI等のコンサートを聴き又聴きにいらっしゃるお客様達も熱心な音楽愛好家で彼らとの交流を含め楽しい思い出が沢山あります。

演奏曲目はモーツァルトのコンチェルト第3番ト長調。共演させていただいたMaestro Yacopo Doro氏にも明確なアドヴァイスを頂く事が出来とても良いコンサートとなりました。子供の頃発表会で又学生の時も弾いて来た曲をイタリアのオーケストラと演奏できたことに感無量です。特にモーツァルトの音楽をオペラ・彼のピアノの作品などを通じて学んだことに手応えを感じられ、いいフィーリングでした。又ミラノのオーケストラ独特の音色特にオーボエの明るい音色が大好きです。

ご多忙の中、東総領事又日本大使館の方にもいらしていただき演奏を聴いていただけました事にか頃から感謝申し上げます。                    

鷲見恵理子

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2008年04月25日

音楽日記

スカラ座の通りにある骨董品店BRITANNIA ANTIQUARIAの展示会で演奏しました。

今回は日本の文化をメインにした夕べで見事な鎧兜を見た時その美しさに感銘しました。

又今回はイタリアの 高級紳士服ANGELLO GALASSO氏の東京店オープンセレモニーで御目かかった京都の老舗呉服屋の北村陽次朗氏のご提案により御着物ドレスで演奏しました。この度の和・東洋的な感じをかもし出す場でドレスが映え素敵な空間を味わえることが出来ました。

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場内見渡す限り見事な骨董品に囲まれそういった作品を見ながらながら素敵なインスピレーションに触れる事が出来ました。来店されるお客様の中には和文化に大変お詳しい方もいらっしゃり特に置物の生地などに渡るまで一つ一つの作品を個人が鑑定家のような視点で鑑賞されているのが、印象的でした。
写真Britannia Antiquaria Giuseppe Fiumano氏とご来場いただきました安藤圭子、Massimo Mai氏ご夫妻と。

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2008年04月21日

音楽日記 4月21日

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パウル・バドゥラ=スコダ氏と


Varese でのコンサートから一週間後ミラノでも同じプログラムで演奏した後、Villa MediciーGiulliniでウイーン楽派の研鑚についてご高名なPaul Badura Skoda氏によって行われた、マスタークラス、2008コンサートで演奏させて頂きました。

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とても素敵Villaで部屋一つ一つが素敵なたたずまいでした。

演奏も終わりパーティーの席でくつろいでいると、或るご婦人がお近ずきになり、、私の父が昔ヴァイオリニストで今日のクロイツェルの演奏で彼が弾いていたのを思い出しましたとおっしゃられたのでどなたのことか尋ねてみるとMICHELANGELO ABBDOです。とおっしゃられたので驚きを隠せず94年のABBADOコンクールで優勝しましたと述べるととても喜んで下さいました。

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各国から集まったピアニストの方達ととても有意義な時を過す事が出来ました。

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2008年04月18日

音楽日記 4月18日

春とはいえまだ肌く感じる日もある四月でしたが今回はVARESEという街にあるLORETO教会にて行われたコンサートシリーズでリサイタルを行いました。

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とても素敵な壁画が残っており音響も良い教会でした。
今回のコンサート紹介の新聞記事にロシアの文豪トルストイが愛したBeethovenのクロイツェルソナタを日、ドイツ出身の音楽家SUMI 、WEISNERが演奏、とでていました。
特に今回面白かったのは、プログラムの中のKREUTZER ソナタ をLORERTO 教会の牧師さんが提案されてきたことです。クロイツェル・ソナタが大好きで近年演奏会で聴く事あまり無いので是非聴きたいと言われたそうです。

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ところで前日関係者ずてに教会の方が寒いから長袖の衣装も用意した方が良いと連絡があり一応用意しましたがそう寒くも無かったので普段どうりノースリーブのドレスを着て準備していたら、別の関係者の方が<教会では肩を出した衣装はダメ>って言っておいたのにと言われました。これまでも教会での演奏会でそんなに衣装について指摘された事もなく以前も着たことのある服ですとかいってやりとりの合間に神父さんが現れ、この衣装でいいかと問うたと所、<肩は確かに出ているけど素敵な衣装なので・・・・まあいいでしょう。>と了解を得ました。 でも背中がもやや空いていたので見えぬよう少し後すざりしながら戻ったりしました。
でもクロイツェルを喜んでいただけて嬉しかったです。

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2008年04月17日

音楽日記 4月17日

Marcello Abbado主宰“I Concerti dellaVilla Reale Di Milano”コンサートシリーズに出演しました。

演奏プログラムは紀尾井ホールで演奏した時とほぼ同じ無伴奏ソナタ。

その日は朝11時から公開リハーサルが行われたので朝から会場入り。

演奏会場となったのはVilla Reale 舞踏会の間。昔ミラノがオーストリア支配下にあった当時女帝マリア・テレジアによって彼女の娘さんの為に建てられた宮殿だそうで、特に子供達と過しやすい環境をを目的に建設されたようで緑溢れる自然も豊かな庭園がとても素敵でした。とはいえ王宮の中は素晴らしい美術館になっており演奏前に少しでしたが見学できて嬉しかった。

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コンサートには友達も来てくださり又フルーティストのトレヴィザーニ氏もいらして下さりました。

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2008年03月17日

音楽日記 3月17日

 ミラノ在住の軍司泰則氏のご紹介でイタリアの巨匠MICHELE FEDRIGOTTI氏とお目にかかることが出来ました。

 彼の母方の出身はフランス系でLUCIANO CHAILLY 又RICCARDO CHAILLY氏とは親戚関係にあるそうです。

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 本当に音が綺麗で繊細なピアニズムだという評判は前もって伺っておりましたが、実際演奏させて頂いてみて真から感銘いたしました。
 
 先ずフランク・フォーレのソナタ又ベートーヴェンの春それからモーツァルトのソナタと一気にリハーサルしてきました。勿論様々なピアニズムが有りますが私は特にFAURE等に対するこだわりがありまして、良き時代を創造させる詩的なピアノ演奏が特に好きなのでようやくめぐり合えたという気持ちで感謝の気持ちで一杯です。

 又ベートーヴェン、モーツァルトのソナタに関しても素晴らしいの一言でチェコ・フィル等のオーケストラを指揮されたり・映画音楽を作曲されるマエストロの解釈は奥深く、又人を包み込むようなお人柄から多くの事を学んだ一日でした。
      
 ミラノ近郊にご自宅がありチェンバロ4台のピアノの音を引き比べてくださり曲によって違ったピアノで異なうふいんきをかもし出してくださいました。

 マエストロ と東京又世界中で演奏録音をさせていた頂くことが出来る事を強く希望し祈ってて降ります。

 鷲見恵理子

2008年03月16日

音楽日記 3月16日

今年に入って素晴らしい音楽家との出会いが有りました。

一人はイタリアを代表する世界的フルート奏者のRAFAELE TREVISANI氏。

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以前或るコンサートでお会いさせていただく事が出来、今回はミラノのご自宅に招待されました。

大変親日家で北は北海道南は沖縄・種子島まで演奏旅行で回られその時のご様子のお写真を見せてくださり各写真からコンサート会場の熱気が伝わり見ているこちらもとても嬉しくなりました。サントリー・ホール又東京文化会館大ホールでもリサイタルをされたそうです。
 又マエストロはジャン・ランパル、ジェームズ・ゴールウェーの稀少の高弟子で今でもゴールウェー氏との交流が密にありゴールウェー氏がミラノのご自宅でくつろがれる様子、又マスタークラスでのDUETTOの様子を見せてくださりました。
その他私がVIOLINISTだという事でポーランドのオーケストラと演奏したばかりというkHATCHATORIAN のコンチェルトのヴィデオも見せてくださりました。フルートでの演奏もとても幻想的な響きになるのだなと感激しました。

 歓談の際色々出来たら一緒に演奏しようねと声をかけて下さいました。
        
又私の希望であるイタリアでの音楽祭を行うことを打ち明けてみたところ、今年すでにストレーザのMAGGIRE 湖ほとりで講習会を行う予定なのでジョイントで講習会を行いたいかと、お声をかけてくださいました。美しいMAGGIORE湖はミラノからも近く大好きな三つの島ISOLA BELLA等もあり(ナポレオンの眠ったといわれるベッドもあり、又ストレーザで行われる有名なSETTIMANA MUSICALE のコンサートも聴けるし理想的だなと思っていたところなので、APPUNTO!(同感です)と答えてしまいました。実際彼は日本人の素晴らしい生徒さんたちのために多くのマスタークラスを行ったそうです。
          
昨日ミラノ在住の軍司泰則氏の音楽事務所を一緒に訪れ先の様なお話をしたところ、お互いの共通の知人が多いらしく(ヨーロッパ、日本両方の)、すっかり感銘されて懐かしそうに感激しておられました。
 
マエストロとやはり又日本が大好きな素晴らしいピアニストである奥様(勿論数多くの日本でのコンサートで演奏された)たちとで日本の若者との交流が出来たら素晴らしいだろうなと、思いながら夢心地で帰宅の徒に着きました。

 鷲見恵理子

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